はじめに:AIが変えるウェブサイトへの人の流れ
本シリーズでは、GoogleのSGEやMicrosoft Copilot、そしてChatGPTといったAIが、私たちの情報探索行動を根本から変えつつあることを解説してきました。ユーザーはもはや、青いリンクの一覧から答えを探すだけでなく、AIが生成した要約によって、検索結果ページ上で直接答えを得られるようになっています。
この劇的な変化は、ウェブサイトを運営する私たちにとって、避けては通れない問いを投げかけます。それは、「AIがユーザーの疑問に答えてくれるなら、人々はもうウェブサイトを訪れなくなるのではないか?」という問いです。
サイトへのトラフィック(流入数)は、多くのビジネスにとって生命線です。本記事では、このAI時代における検索トラフィックの変化について、具体的な影響を考察し、私たちが今後どのように成果を測定し、戦略を立てていくべきかを探ります。
1. ゼロクリックサーチの加速と現実
AI検索の台頭によって最も懸念されているのが、ゼロクリックサーチ(Zero-Click Search)の増加です。これは、ユーザーが検索結果ページ上で必要な情報を得てしまい、どのウェブサイトのリンクもクリックすることなく検索を終えてしまう現象を指します。
この現象自体は、SGE以前から存在していました。Googleが天気予報や有名人の誕生日を直接表示したり、強調スニペットで質問への答えを抜粋して見せたりしていたのがその例です。
しかし、SGEやAIチャットは、この流れを決定的に加速させます。なぜなら、AIは単一の事実だけでなく、複数のウェブページから情報を統合し、「〇〇と△△の比較」や「〇〇を始めるためのステップ」といった、より複雑な質問に対しても包括的な要約を提示できるからです。ユーザーは、これまで複数のサイトを渡り歩いて得ていた情報を、検索結果ページの一箇所で得られるようになります。これにより、リンクをクリックする必要性が、従来よりも大幅に低下する可能性があるのです。
2. サイト流入に与える3つの影響
AI検索の普及は、サイトへのトラフィックに多角的な影響を与えると予測されます。
① トラフィックの「量」の減少
最も直接的な影響として、サイト全体のセッション数やページビューといったトラフィックの「量」が減少する可能性が指摘されています。
特に、「〇〇とは?」のような、事実を問うだけのシンプルな情報収集型クエリでは、この影響が顕著に現れるでしょう。AIが完璧な答えを提示すれば、ユーザーはそれ以上情報を探す必要がありません。辞書サイトや、用語解説を中心としたメディアなどは、大きな影響を受ける可能性があります。
実際に、米国の調査会社であるGartnerは、「2026年までに、従来の検索エンジンからのトラフィックは25%減少する」という予測を発表しており、この変化が単なる憶測ではなく、業界全体が向き合うべき現実であることを示唆しています。
② トラフィックの「質」の上昇
一方で、悲観的な側面ばかりではありません。サイトを訪れるトラフィックの「質」は、むしろ向上する可能性があります。
AIによる要約を読んだ上で、それでもなお引用元のリンクをクリックしてサイトを訪れるユーザーは、どのような人でしょうか。それは、「要約だけでは満足できず、より深い情報や専門的な解説を求めているユーザー」や「AIの回答の裏付けを取りたい、情報の正確性に敏感なユーザー」、あるいは「その商品やサービスの購入を真剣に検討しているユーザー」である可能性が高いと考えられます。
このようなユーザーは、単に情報を消費するだけでなく、サイト内でより長く滞在し、複数のページを閲覧し、最終的に問い合わせや購入といったコンバージョンに至る確率が高い、質の高い訪問者と言えます。つまり、サイトは「通りすがりの客」を失う代わりに、「目的意識の高い見込み客」を獲得しやすくなる可能性があるのです。
③ 新たな露出機会「サイテーション」の価値
クリックという形でのトラフィックは減るかもしれませんが、AIの回答に「引用元(サイテーション)」として表示されること自体に、新しい価値が生まれます。
AIに引用されるということは、そのAIから「このトピックに関する信頼できる情報源である」というお墨付きを得たことと同義です。これは、クリックを伴わない形での強力なブランド認知度向上に繋がります。ユーザーが何度もあなたのサイト名を引用元として目にすれば、「この分野なら、このサイトが詳しいんだな」という専門家としてのブランドイメージが自然と醸成されていくでしょう。
3. 私たちが適応すべきこと:評価指標(KPI)の見直し
トラフィックの量と質が変化する中で、私たちサイト運営者も、成功を測るための物差しを変えていく必要があります。
これまでのように、単純なページビュー(PV)やセッション数だけを追い求めるのではなく、以下のような質的な指標の重要性が増してきます。
- エンゲージメント率:訪問者がどれだけコンテンツに深く関わっているか(滞在時間、読了率、コメント数など)。
- コンバージョン率:質の高い訪問者が、実際に問い合わせや購入などの成果に繋がっているか。
- ブランド指名検索数:AIによる引用などを通じてブランド認知が高まった結果、サイト名で直接検索してくれるユーザーがどれだけ増えたか。
- 被リンクやサイテーション(言及)数:他のサイトやAIから、どれだけ信頼できる情報源として参照されているか。
4. まとめ:量から質への転換期を乗りこなす
本記事では、AIの台頭が検索トラフィックに与える変化について考察しました。
- AI検索の普及により、ゼロクリックサーチが加速し、サイトへのトラフィック量は減少する可能性があります。
- 一方で、サイトを訪れるユーザーの目的意識はより明確になり、トラフィックの質は向上する可能性があります。
- AIの回答に引用されること自体が、クリックを伴わない新たなブランド露出の機会となります。
- これからのサイト運営では、PV数だけでなく、エンゲージゲージメントやコンバージョン、ブランド認知といった質的な指標がより重要になります。
これは、ウェブの世界が「量から質へ」と大きく舵を切る転換期であることを意味します。ユーザーがAIの要約だけでは満足できず、「それでもあなたのサイトを訪れたい」と思わせるほどの、独自の価値、深い専門性、そして信頼性を提供すること。その本質的な価値追求こそが、この変化の時代を乗りこなすための最も確かな羅針盤となるのです。
次回、「基礎知識編18」では、この基礎知識編の最終回として、「変わらないSEOの原則」と題し、時代がどれだけ変化しても有効であり続けるSEOの普遍的な真理について再確認します。